歴史が浅ければ、意味も浅いのか──「墓参りは単なるブームだった」という記事を読んで

2026年8月1日(土)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

暑い日が続きますね。
早いものでもう8月。お盆が近づいてきました。

「単なるブームだった」という記事

今朝、宗教学者の島田裕巳さんが書いた、
「帰省も墓参りも単なるブームだった」
というプレジデントオンラインの
記事を読みました。

記事では、
盆や正月に故郷へ帰る習慣が広まったのは、
高度経済成長期以降だとしています。

墓参りも比較的新しい習慣で、
墓を建てることもバブル期のブーム。

そして今は、
その反動で墓じまいのブームが起きている。

おおよそ、そういう筋立てで、
日本人の帰省や墓参り、
お墓をめぐる動きを説明していました。

確かに、当たっている部分はあります。

交通機関が発達し、
地方から都市へ出た人たちが、
盆や正月に一斉に故郷へ戻る。

今のような帰省の形が、
高度経済成長期以降に広まった
という指摘には、私自身、なるほど、
そういう見方もあるのかと思いました。

墓が盛んに建てられた時期があったことも、
今、墓じまいの相談が増えていることも、
石屋の私が感じている通りです。

しかし、この記事の説明には、
見過ごせないところがいくつかあります。

土葬だから墓参りをしなかったのか

例えば記事には、
土葬の時代は供養の場が仏壇で、
墓参りはしなかった、
という趣旨の記述がありました。

土葬では、
埋葬した場所の土が陥没するため、
そこに石塔を建てることができない。

だから、その場所は参るための墓には
ならなかったという説明です。

確かに、
埋葬してすぐには石塔を建てられません。
棺が朽ちれば、その上に盛った土も沈みます。

しかし、それはそこに石塔を建てなかった
という話ではありません。

この登戸辺りでも、
埋葬した場所に土を盛っておき、
何年か経って地面が落ち着いてから
石塔を建てた例があったと聞いています。

また、埋葬した場所とは別に、
供養して手を合わせるための墓を設けた
地域もありました。

日本には古くから、
亡くなった人を供養するために
建てられた石造物が、各地に残っています。

長い年月を経て残る五輪塔群(鎌倉)

五輪塔や宝篋印塔、板碑。
首塚や胴塚と呼ばれているものもあります。

そこに本当に首や胴、遺骨が納められているか、
今となっては分からないものも
少なくないでしょう。

それでも人は、
亡くなった人を弔うために石塔を建て、
その場所を守り、手を合わせてきました。

埋葬した場所と、
供養する場所が同じだったとは限りません。

遺体がそこにあるかどうかとは別に、
亡くなった人を思う場所として石塔を建て、
その前で手を合わせてきたのです。

私は、それも立派な墓参りだと言いたい。

私は、古くから残る石造物を
見て歩くのが好きです。

中世の五輪塔や宝篋印塔、板碑などを、
これまで各地で見てきました。

そうした石造物は、
ただ石が丈夫だったからという理由だけで
残っているわけではありません。

石であっても、倒れれば土に埋もれます。

邪魔になれば壊されますし、
事実、石垣や階段の石として
転用されてきたものもあります。

それでも今日まで残っているのは、
その土地の人たちが粗末にせず、
大切にしてきたからではないでしょうか。

倒れたものを起こし、周囲の草を刈り、
ときには場所を移しながら
残して、手を合わせてきた人がいた。

だからこそ、
今もその石造物がそこにあるのです。

今も墓地に残る古い宝篋印塔(京都)

そうした人の営みまでなかったことにして、
土葬の時代には墓参りをしなかったと、
どうして言い切れるのでしょうか。

土葬だったから墓参りはしなかった。
供養の場は仏壇だけだった。

古くから残る数多くの石造物を見てきた私には、
そんな文言だけで日本人の弔いの歴史を
語れるとは思えないのです。

もとより、私は歴史学者ではありません。

ただ、弔いの形が地域や時代によって
違っていたことくらいは分かります。

それを全国一律のものとしてくくり、
「土葬時代には墓参りなどしなかった」などと
言い切るのは、あまりに乱暴だと思います。

お墓は「ブーム」の一言で語れるのか

記事では、帰省も、墓参りも、
墓を建てることも、墓じまいも、
「ブーム」という言葉で説明されています。

その時々で数が増えたり減ったりしたことを、
社会現象としてブームと呼ぶことは
確かにできるのかもしれません。

しかし、ある習慣が広まった時期と、
その習慣が人にとって持つ意味は、
決して同じものではないと考えます。

比較的新しい時代に
広まった習慣だからといって、
そこに込められた日本人の思いまで
浅いことにはなりません。

墓参りに行く理由も、墓を建てる理由も、
墓じまいを決める理由も、家ごとに違います。

継ぐ人がいない。子どもが遠くに住んでいる。
これ以上の管理が難しくなった。

そうした事情を抱え、
家族で何度も話し合った末に、
墓じまいを決める方もいます。

一方で、継ぐ人がいないと分かっていても、
自分たちが手を合わせる場所として、
小さなお墓を建てる方もいます。

石屋として、私はそのどちらの方にも会います。

それぞれの家に事情があり、
考えた末に出した答えがあります。

そうした一つひとつの決断を、
「昔は建墓ブームで、今は墓じまいブーム」
という一言で説明することはできません。

もちろん、お墓を持たない選択もあります。
墓じまいが必要な家もあります。

私も、何が何でも墓を残すべきだとは
考えていません。

ただ、お墓をどうするかという大切な判断を、
刺激的な見出しや、
歴史の一部だけを切り取った説明で
決めてほしくはありません。

昔から続いてきたものだから、
何でも正しいわけではないかもしれない。

逆に、新しく生まれた習慣だから、
意味がないわけでもないでしょう。

人が亡くなった人を思い、手を合わせる。
そのための場所を残そうとする。

形は変わっても、
そうした営みは長く続いてきました。
各地に残る石造物が、そのことを物語っています。

それを「単なるブームだった」と
片づけるような見方に、
私は到底賛成できません。

では。


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