同じ墓を前にして、見えている景色が違う──墓じまいがこじれるとき
2026年8月20日(木)
こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。
墓じまいをめぐる
お寺と檀家とのトラブルを、
いくつか取り上げた記事を目にしました。
内容は、ありがちで、
どこかで見たような話です。
読んでいて引っかかったのは、
目立ちがちな金額やトラブルの説明より、
もう少し手前の部分でした。
寺と家とで、
自分たちがどういう関係なのかという見方が、
そもそも食い違っている。
寺の側は、
代々付き合ってきた檀家だと思っている。
ところが家の側は、
先祖の墓がたまたまそこにあるだけ、
という感覚に近くなっている。
同じ墓を前にしていても、
見えている景色がずいぶんと違うのでは。
そんな思いがしました。

親が亡くなったときの受け止めからして
噛み合わなくなる。
家の側は、なぜいちいち寺に知らせないと
いけないのかと思う。
寺の側は、代々の檀家なのに、
親が亡くなったことすら知らせてこないのか、
と受け取る。
同じ出来事が、それぞれに違って見えてしまう。
そして、この食い違いを、
何十年も確かめないまま来てしまう。
家族や親戚が少なくなり、
葬儀や法事に立ち会う機会も減る中で、
昔なら自然に伝わっていた寺との付き合い方が、
いつしか途切れてしまったのでしょう。
代が変わり、最後の墓じまいの場面で、
金額という分かりやすい形になって
噴き出してしまうのかもしれない。
私はそう感じます。
金額の話に見えて、根っこはもっと前、
関係が噛み合わなくなった時点にある。
墓じまいのときになって、
初めてそのずれに気づく。
そんなケースもあるのだと思います。
実際、記事を読みながら、
これまで見聞きしてきた話の中にも、
似たようなことがあったなと思い出しました。
寺と家とのやり取りが少なくなるうちに、
お互いの感覚が少しずつずれてしまう。
そのずれは、普段は表に出なくても、
何かの節目で一気に表れることがあります。
だから、墓じまいを考え始めたら、
自分の家が寺とどう付き合ってきたのか、
今はどんな関係になっているのかを、
一度たどってみた方がいい。
金額はそのあとで間に合います。
私はそう思うのです。
では。
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