お墓があるから、思い出すこともある
2026年8月12日(水)
こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

明日からお盆ですね。
例年この時期は、
お墓参りへ行く方も多いと思います。
一方で、今年は行けないという方も、
当然いらっしゃるでしょう。
遠くに住んでいる。仕事がある。
体調のこともある。
そして何より、この暑さです。
お墓参りへ行けないからといって、
ご先祖を大切に思っていないということでは
ないでしょう。
ただ、心の中で思っていれば、それで十分。
そう言い切ってしまうのは、
私は少し違うようにも感じます。
毎日の仕事があり、暮らしがあり、
目の前のことで精いっぱいになる。
そんな忙しない日々の中で、
ふと亡くなった人を思い出すきっかけがある。
お盆だから行ってみようか。
命日が近いから花でも持っていこうか。
お墓があることで、
そんなふうに思うことがあります。
墓前に立って、
草を抜いたり、石を拭いたり、
花を供えて手を合わせる。
そうしているうちに、
「あの人はこんなことを言っていたな」
「子どもの頃、よく連れていってもらったな」
そんな記憶が、ふっと出てくることがあります。
私の家にも、顔を知らない先祖がいます。
曽祖父の吉澤光信という人です。
吉澤耕石の名で、数多くの石造物を残しました。
でも、家には写真は一枚も残っていません。
どんな顔をしていたのか、私は知らないままです。
会ったことのない祖父は、
二枚か三枚、写真が残っています。
それだけでも、
「こういう人だったのか」と思えます。
残念ながら、曽祖父にはそれがありません。
あるのは名前と、残した石造物と、位牌です。
位牌にも「耕石」と入っています。
顔が分からないのは、やはり寂しいものです。
手がけた石造物はいくつも残っています。

曽祖父・吉澤耕石(光信)が手がけた狛犬
私も同じ石屋をやっていますから、
その仕事を見ると、
どんな人だったのだろうと考えます。
うちのお墓には、
曽祖父が建てた石塔も残っています。
お盆や彼岸にお墓参りへ行けば、
曽祖父のことも思い出します。
お墓そのものは、何も語ってはくれません。
それでも、そこへ行くことで
故人の存在を思い出すことがあります。
いつも思っているのですが、
人間は、何もないところに向かって
ずっと誰かを思い続けられるほど、
器用にはできていないのかもしれません。
お墓という形が昔から残ってきたのには、
そうした意味もあるのだろうと、
私は思っています。
事情があって
お墓を持たない方もいるでしょうし、
墓じまいを選ぶ方もいます。
ただ、お墓をどうするか考えるときには、
管理のことや距離のこと、跡継ぎの心配など、
現実的な問題はいろいろあります。
それだけではなく、
そこ(お墓)がなくなったとき、
自分は誰かを思い出す場所を失わないだろうか。
そんな視点からも、お墓について考えてみても
よいのではないかと思います。
お墓があるから、思い出すこともある。
お盆という時期に、そんなことを考えました。
では。
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