一枚の絵に残っていた、106年前の『吉沢石材店』

2026年9月27日(日)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

昨日のブログでご紹介した
『狛犬と歩く近現代』の著者、小野先生から、
少し前に興味深い資料を教えていただきました。

伊藤六郎兵衛さんが描いた、
「石工」という題の絵です。

伊藤六郎兵衛さんは、登戸に本庁を置く
丸山教の第3代教主を務めた方です。

吉澤石材店も昔から丸山教とはご縁があり、
現在も仕事をさせていただいています。

そんな登戸とも、うちの店とも縁のある方が、
大正9年の吉沢石材店の石工を描いた絵を
残してくださっていました。

『伊藤六郎兵衛画集』所収「石工」

絵の下には、こんな説明が書かれていました。

「登戸へ石を運ぶには、
六郷で海船から長舟に積み替へ、
多摩川を遡上し石屋河岸から上げたものである。
昔からの吉沢石材店。(大正9年作)」

大正9年。1920年です。

今から106年前の吉沢石材店の石工の姿が、
こうして一枚の絵として残っていました。

石の上に腰を掛け、身をかがめて、
手に道具を持って仕事をしている姿です。

写真ではありませんが、その時代の石工の空気が
生き生きと伝わってくるようです。
私はとても嬉しくなりました。

私が知っている吉澤石材店は、
自分が生まれてからあとのことです。

子どもの頃のお店の様子や、
その頃の仕事の風景なら思い出せます。

けれど、大正9年となると、
私が生まれるより40数年も前の時代です。

その頃のお店がどんな様子だったのか。
そこで誰がどんなふうに働いていたのか。

私にはもちろん分かりません。
残念ながら、その頃の店の様子が分かる写真も、
私の手元には残っていません。

だからこそ、106年前に吉沢石材店で働いていた
石工の姿がこうして絵の中に残っていたことが、
なおさら嬉しいのです。

この絵でもう一つ心を引かれたのは、
絵の下のほうに書かれている石の運び方。

六郷で海船から長舟へ石を積み替え、
多摩川を遡って登戸まで運び、
石屋河岸から陸に上げていたと書かれています。

私は以前から、昔から続く石屋は
川沿いに多かったと聞いてきました。

今のように道路が整っていない時代、
重い石を馬や牛に引かせて長い距離を運ぶのは、
相当に大変だったと思います。

だからこそ、石を運ぶために
川の水運が使われていた。

昔は川が、石を運ぶための
大事な流通経路だったわけです。

今回、この絵の説明に書かれていることは、
昔から聞いてきた話と同じでした。

古い石碑や石造物に
先代の名前が刻まれて残っているのを
目にすることはあります。

それももちろん嬉しいことですが、
実際に石工が仕事をしている姿を見るのは、
また別の嬉しさがあります。

そして、この一文。
「昔からの吉沢石材店」

大正9年の絵を紹介する文章の中に
こう書かれているのを見ると、
何とも言えない気持ちになります。

この絵は、1966年に刊行された
『伊藤六郎兵衛画集』に収められています。

『伊藤六郎兵衛画集』表紙

自分では知ることのできない時代の
吉沢石材店の石工の姿が、
一冊の本の中に残っていました。

店の歴史、登戸という土地、
そして昔から聞いてきた石の運び方まで、
一枚の絵から、
たくさんのことがつながってきます。

この地で長く仕事を続けてこられたおかげで、
こうした古い資料の中から、
昔とのつながりが見えてくる機会に恵まれる。

心から、ありがたいことだなと感じます。

では。


出典
伊藤六郎兵衛『伊藤六郎兵衛画集』
伊藤六郎兵衛画集刊行会、1966年
16「石工」(大正9年作)
国立国会図書館デジタルコレクション

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

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(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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