古いお墓には、建てた時に見えなかった答えが残っている──石屋のお墓参り

2026年5月24日(日)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

前の記事で、池上本門寺での
墓所巡礼のお話を書きました。

お墓参りというのは、
まずは亡き人に手を合わせる時間です。

これは家のお墓でも、
あるいは著名人のお墓でも同じこと。

そこに眠る人の人生を思い、
残されたものを見つめ、
今を生きている自分が、それと静かに向き合う。

そうした時間なのだと思います。

ただ、仕事柄、
私はお墓そのものにも目が向きます。

古いお墓を巡っていると、
建てたばかりのお墓を見る時とは、
また違ったことが見えてきます。

池上本門寺で拝見した、年数を経たお墓。おそらく60年ほどの年月を経ていると思われる。

年数が経っても、石が大きく傷んでいない。
据え付けた石が、きちんと残っている。
反対に、少しずつ石がずれている。
植木が大きく育ち、根や幹が石を押している。

そういうところを、つい見てしまいます。

古いお墓を見ると、
建てた時の姿からは分からないことが
見えてきます。

石そのものの耐久性。
据え付けの良し悪し。
周りの環境との相性。
そして、年月を経てもなお、
いいお墓として残っているかどうか。

そこには、石屋として学ぶことが多くあります。

他所のお墓を見ることは、
とても勉強になります。

「この納め方はうまいな」
と思うことがあります。
「この石の使い方はいいな」
と感じることもあります。
「年数が経っているのに、よく残っているな」
と思うこともあります。

一方で、これは自分なら避けたいな、
と思うこともあります。

もちろん、具体的にどこのお墓が
どうだという話ではありません。

その時代、その場所、そのご家族の事情の中で
建てられたお墓です。
外から見ただけでは、
けっして分からない事情もあります。

それでも、石屋として見れば、
考えさせられることはあります。

例えば、石が少しずれているように
見えることもあります。

それが据え付けの問題なのか、
地盤や植木の根の影響なのか。
外から見ただけでは分からないことも多いです。

反対に、目立つわけではないけれど、
よく残っているお墓もあります。

古くなっても、姿をよくとどめている。
過剰な装飾はないのに、
きちんとした佇まいがある。

そうしたお墓は、シンプルに美しいです。

そして、手を合わせる場所として、
今も無理なく残っている。

そういうお墓を見ると、
建てた石屋さんのセンスや
手間が伝わってくるように感じます。

お墓参りは、亡き人に会いに行く時間です。

けれど石屋にとっては、
同時に、先人や同業の仕事に触れる時間でもあります。

昔の石屋さんが、
どんな石を選び、どんな形に納めたのか。
その仕事が、何十年、時には百年以上の時間の中で、
どのように残っているのか。

新しくスタイリッシュなお墓ばかりを
見ているだけでは、
決して分からないことがあります。

古いお墓には、
建てた時に見えなかった答えが
残っていることがあります。

まずはお墓で手を合わせる。
その上で、目に入ってくるものから学ぶ。

昨日もいろいろなお墓を前にしながら、
人物の生涯だけでなく、
それを形にした、
古い時代の石屋の仕事にも目が向きました。

お墓を見ることは、
歴史を見ることでもあります。
人の生きた跡を見ることでもあります。

そして石屋にとっては、
自分の仕事を見直す時間でもあります。

良いと思うものは、
自分の中に残していく。

違和感を覚えるものは、
なぜそう感じたのかを考える。

その積み重ねは、
きっと日々の仕事にもつながっていく。

私はそんなふうに思っています。

では。


【関連記事】
見えない部分にこそ、石屋の姿勢が出る。お墓を支える「隠れた部品」の話。

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

似顔絵現地確認。お見積り・ご提案はすべて無料です。

(有)吉澤石材店 吉澤光宏

ご相談・お問合せは、お気軽にどうぞ。
電話 044-911-2552 (携帯転送なので外出先でもつながります)
メール お問い合わせフォーム

トップページはこちら
お問い合わせフォームはこちら