続いてきたものが、残るとは限らない時代

2026年7月8日(水)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

少し考えさせられるニュースを目にしました。

2030年の冬季五輪から、
ノルディックスキー複合が外れることが
決まった、という記事です。

スキーのジャンプと距離を組み合わせた競技で、
第1回冬季五輪から続いてきたそうです。

引退したばかりの渡部暁斗さんが、
取材に答えていました。

悲しさと悔しさと、
行き場のない怒りのようなものが
湧き上がってくる、と。

除外の理由として、人気や視聴率、
参加国の偏りが挙げられています。

ただ、渡部さんご自身は、長い間、
女子の普及に力を注いでこなかったことも
大きかった、という意味のことを
話されていました。

外から一方的に外された、というだけではない。

続けてきた側にも、
伝えきれなかった部分があった。
そこを正直に見つめておられるようでした。

一時期は日本のお家芸とも言われた競技です。
それだけに、やはり寂しい思いはあります。


そして、このニュースを見て、
自分の仕事のことを少し考えてしまいました。

お墓も「昔からあるもの」です。

けれど今は、昔からあるから残る、
という時代ではなくなってきています。

管理の手間やそこにかかる費用。
そして、後を継ぐ人がいるかどうか。

そうした現実的な条件で
お墓を考える方が増えています。

もちろん、それらは大事なことです。
仕方のないこともあるでしょう。

ただ、お墓の前で手を合わせ、
つないできた思いや時間まで、
同じように割り切れるものなのか。

そんなふうに感じる自分もいます。

五輪の競技とお墓では、
もちろん違うところがあります。

競技を残すかどうかは、委員会が決めます。

でも、お墓を続けるかどうかを決めるのは、
そのお墓を守ってきたご家族です。

だからこそ、家族の思いが変われば、
お墓のあり方も変わっていきます。

二代、三代と手を合わせてきたお墓でも、
代が替われば、考え方が変わることがあります。

守る人がいなくなったり、
家族の事情が変わったりして、
区切りをつけざるを得ないこともあるでしょう。

それでも、私は思います。

そういう心の拠り所を整理するのが、
本当に今なのか。

そこをよく考えないまま、
なんとなく手放してしまうのでは、
あまりに惜しいのではないかと。

さて、もうすぐ七月のお盆です。

お迎えで、
お墓参りに行かれる方も多いでしょう。

花を替え、水を替え、
線香をあげて、手を合わせる。

毎年、同じようにしてきたことかもしれません。

でも、その何気ないお墓参りの中に、
家族がつないできた時間があります。
亡くなった人を思い出す時間があります。

自分のあとにも、手を合わせる人がいるのなら、
その方たちにも一度聞いてみてほしい。

誰かに急かされたり、
勢いに流されたりするのではなく、
落ち着いて考えてほしい。

石屋として、私はそう思います。


渡部さんは、これから
競技の良さを伝えていかなければ、
という意味のことも話していました。

続いてきたというだけでは、
残らない時代なのだと思います。

その点は、
お墓も同じなのかもしれません。

私も石屋として、お墓の良さや
手を合わせる場所の意味を、
もっと伝えていかなければと感じます。

お盆に手を合わせる時間の中には、
数字では測れないものが、
まだ確かに残っているように思います。

では。


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