お墓の価値は、お金だけで語れるものなのか

2026年10月10日(土)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

時々、Yahoo!ニュースで「墓」という言葉を
検索して、どんな記事が出ているのかを
見ています。

そこで目につくのが、
墓じまいに関する記事です。

それも、お金について書かれたものが
実に多いように感じます。

墓じまいにかかる費用や、
お墓を維持していくためのお金の話。
さらには、子どもに経済的な負担を
残さないための方法など。

ファイナンシャルプランナーなど、
お金の専門家が解説している記事も
よく見かけますね。

費用について知りたい人がいるのは
当然ですし、お墓を維持するにも、
また、墓じまいをするにもお金はかかります。

ただ、そういう記事を見ていると、
どうにも違和感を覚えるんです。

お墓に「かかる」お金の話はあっても、
お墓が「ある」ことで得られる安心感や、
お墓参りを「する」ことで感じる気持ちなど、
そうしたことがほとんど語られていない
ように思えるからです。

お墓の価値というのは、そんなに
お金だけで判断できるものなのでしょうか。

私は長年、石屋としてお墓を建ててきました。

新しくお墓を建てた際には、
最初の納骨に立ち会わせていただきます。

その時のご家族の表情が、実にいいんです。

表情は人それぞれ。
涙ぐんでいる方もいれば、笑顔の方もいる。

もちろん、
大切な人を亡くした悲しみはあるでしょう。

それでも、お墓を建てて、
亡くなった方をそこに納めることができた。

その時の皆さんの表情を見ていると、
何か大切なことをやり遂げたような、
満足感や安堵感が、
自然と伝わってくるような気がするんです。

私は、あの表情が好きなんです。
石屋の仕事をしていて、よかったなと
思う瞬間でもあります。

お墓を建ててよかった。
そう感じてくださっている方には、
私も、その気持ちをもっと
後押ししてさしあげたいと思うんです。

お墓を建てたことも、
お墓を大切に守っていくことも、
決して時代遅れのことなんかじゃない。

そんな思いを、これからも
石屋として伝えていきたいと思っています。


考えてみれば、人がいつ亡くなるかなんて
誰にもわかりません。

突然の事故で亡くなることもあれば、
病気で亡くなることもある。
何年も闘病を続けた末に亡くなる方だって
いらっしゃいます。

そんな時に、亡くなった家族の遺骨を
受け止めてくれる場所がある。

納める場所がちゃんとあるということは、
残された家族にとって、大きな安心感に
つながるのではないでしょうか。

これは、まさにお金では買えない価値だと
思います。

そして、お墓は納骨して終わりという
ものでもありません。

その後も、お彼岸やお盆、命日などに
お参りに行く。

何か報告したいことがあった時や、
ふと故人を思い出した時に立ち寄る。

以前に、
「お墓は、会いたい時に会いに行ける場所」
というブログ記事を書きました。

そこにお墓があるということが、
どれほど心の支えになることか。

死者がどれだけ生者を支えてくれているか。

こうしたことは、費用の計算には出てきません。

もちろん、さまざまな事情から
墓じまいを選ぶこともあるでしょう。

私自身、墓じまいの仕事もしていますから、
そうした事情があることは承知しています。

ですから、
墓じまいそのものを否定などしません。

ただ、世の中に出てくる情報が、
お墓を維持する負担や、墓じまいにかかる
費用の話ばかりになってしまうのは、
どうなのかなと思うんです。

お墓参りをしてよかった。
お墓があってよかった。
亡くなった家族を、ちゃんと納めることが
できてよかった。

そんな話が、もっとあってもいい。
そう思うのです。

お墓を残すのか、墓じまいをするのか。
それを考える時に、
確かにお金の話は避けて通れません。

でも、お墓の持っている価値が語られないまま、
費用や負担だけで判断されてしまう。

それでは、
あまりにも偏ったものの見方になるのでは
ないでしょうか。

最近の墓に関するネットニュースを見ていると、
そんなことを考えてしまうのです。

お墓には、数字では表せないものが確かにある。

私は、
これまで仕事を通して目にしてきた人々の表情から、
そう確信しています。

では。

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

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(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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