お墓を畳む前に、勘定に入れておきたいこと

2026年4月14日(火)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

最近は、墓じまいに関する記事や話題を
目にすることが本当に増えました。

遠方で管理が大変。
費用もかかる。
継ぐ人もいない。
親族の中で意見もまとまらない。

そうした事情を聞けば、
簡単に口を出せる話ではないと思います。

実際、悩み抜いた末に墓じまいを
選ぶご家族もおられるでしょうし、
なにより、当の本人にしてみれば、
それは相当に重い問題だろうと思います。

半面、こんなことも感じます。

人は、負担になる理由を探し始めると、
どうしてもそちらに思いが傾いていきます。

そうなると、お墓の意味よりも、
負担のほうが大きく見えてくる。
それも無理のないことだと思います。

けれど、
お墓のことは、本当にそれだけで
決めてしまっていいのでしょうか。

お墓の維持には、たしかに負担が伴います。
合理性だけで見れば、
むしろ不利な面も多いでしょう。

とくに遠方の場合は、
お墓参りはそれだけでひと仕事です。

加えて、夏は暑い。冬は寒い。
雑草は生える。落ち葉は落ちる。
決して快適とは言えないでしょう。

それを重いと感じるのも、
しょうがないことだと思います。

それでも、
お墓を維持していくことで、
得られるものも確かにあると考えます。

手を合わせる場所があること。
亡くなった人を思い出すきっかけがあること。
家族が同じ場所に立って、
同じ人のことを考える。

普段は考えないことでも、
お墓の前だと自然に出てくる思いがあります。

そういうものは、数字にはなりません。
損か得かでも量れません。

人が生きていくうえで、お墓やお墓参りが
まったく無駄なものかといえば、
私はそうは思いません。

むしろ、若い頃にはわからなくても、
年齢を重ねたり、大切な人を見送ったりして、
あとからその意味がわかってくることも
あると思います。

私は、墓じまいそのものを
一概に悪いとは言いたくありません。

現実に守れないものを、
無理に守れと言うつもりもありません。

ただ、その前に少しだけ立ち止まって
考えてほしい。

お墓参りには、どんな意味があったのか。
自分にとって、家族にとって、
亡くなった人に手を合わせる場所とは
何だったのか。

近しい人を失って墓前に立った時、
どんな思いがしたのかを思い出してほしい。

そこを考えないままの墓じまいと、
考えたうえでの墓じまいは、
同じように見えても、
後になって、ずいぶん違う印象を
あなた自身に与えるかもしれません。

私はお墓に関わる者として、
そんなふうに思います。

では。

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

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(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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