明日、奥能登へ――川崎の石屋が若手に伝えたい経験とは

2025年11月11日(火)


こんにちは。川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

8月のブログで「能登の災害復興支援に参加しようかと考えています」と書きました。
あれから3か月。多少の迷いもありましたが、決めました。

しかも今回は、地元である川崎石材商工業組合の若手2名を連れて行きます。
明日11月12日、関越練馬から高速道路で出発します。

川崎から能登半島の奥まで、約8時間半の道のり


奥能登のさらに奥へ

今回の初日の現場は、輪島市街からさらに先。
あの有名な千枚田よりも、なお奥にあるお寺さんです。

地震から約1年が経過した今も、アクセスの困難な場所には、
まだ手つかずのお墓が数多く残されているそうです。

被災地の広さと被害の深刻さを考えると、私たちにできることはごく一部に過ぎません。

それでも――
石屋だからこそできる支援を、できる範囲で精一杯に果たしていく。
その積み重ねが、大切だと思っています。


なぜ若手を連れて行くのか

今回、組合の若手2名に声をかけた理由は単純です。
経験が大事だから」、この一言に尽きます。

災害現場での墓石復旧作業は、日常の仕事では決して経験できません。

倒れて散乱した石塔(墓石)を、クレーンが入らない場所で、
三脚とチェーンブロックを使って整理していく作業。
ブルーシートでご遺骨を丁寧に覆う配慮。
全国から集まった石屋仲間と、息を合わせて石を動かす一体感。

こういう現場での経験は、どんな講習会でも学ぶことができません。
自分の目で見て、手を動かして、汗をかいて、初めて身につくものです。


川崎で起きたら、どうするか

そして何より、災害はどこで起きるかわかりません。
川崎も首都直下地震のリスクがある地域です。

将来、もし川崎で大きな地震が起きた時、
心構えもなければ、呆然と立ちすくむ以外に
何もできなくなるかもしれない。

また、そうした事態に対応できる石屋がいるかどうか。
それが地域にとって、どれほど重要なことか。

能登での経験は、必ず川崎にとっての備えにもなる
私はそう信じています。


前回の経験を次世代に

昨年の第4回支援活動では、私自身が多くのことを学びました。

重機が入らない墓地で、人の力だけで石を動かす難しさ。
ご遺骨が露わになった部分を丁寧に覆う時の、言葉にならない気持ち。

業界の垣根を越え、「石を扱う者として何ができるか」という思いを共有し、
全国から集まった仲間と協力し合う姿に大きな意味を感じました。

その経験を、若い世代にも感じてほしい。
技術だけでなく、石屋としての心構えや、仲間との絆を学んでほしい。

そう思って今回、声をかけました。


石材業界の未来のために

石材業界全体が、若い担い手の確保と育成に
課題を抱えているのが現状です。

だからこそ、こうした現場で若手に経験を積んでもらうことが
何より大切だと考えています。

一つの店だけで完結するのではなく、
地域の石材組合として、川崎全体の力を上げていく。

そのためにも、こうした機会を若い石材人と共有したい。

能登での経験が、彼らの財産になり、やがて地域の財産になっていく。
そんなふうに考えています。

災害復興支援は、被災地のためだけではありません。
支援する側にとっても、自分自身の備えであり、学びでもあるのです。

能登で学んだことは、
きっと自分たちの地域を守ることにもつながるはずです。


できることを、やってきます

明日、関越練馬から出発します。
奥能登のさらに奥、千枚田より先のお寺へ。

約8時間半の長距離移動ですが、
その先に待つ現場で、若い石屋2名と共に、
石屋としてできることを精一杯やってきます。

現地での様子は、帰ってきてからまた報告します。

では。


【関連記事】
・再び能登の復興支援へ――石屋としてできること(2025年8月29日)
※今回の支援活動の流れを、以下の記事でも紹介しています。
・2025年11月12日公開「輪島まで24km――去年と同じ道、変わったこと、変わらないこと」
・2025年11月15日公開「能登支援は、未来への備え。一人の負担を、百人で分け合うために」
・2025年11月17日公開「お墓と向き合う者として。 一介の町石屋が能登支援で感じたこと」

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。
お墓以外にも石鳥居や記念碑のお仕事も承っております

似顔絵(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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