開いた石の扉──安養寺の宝塔を想う

2026年2月23日(月)


こんにちは。
川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

今日は天皇誕生日で、会社はお休み。
なんとなく、PCに保存してある写真を、
ゆっくりと見返していました。

その中に、京都の安養寺で見た
宝塔の写真があります。

2015年2月のことです。

宝塔の各部名称(川勝政太郎『石造美術入門 歴史と鑑賞』(社会思想社)p.23より)

見た瞬間、まず素朴だと思いました。
派手さはない。

でも、その素朴さのままで、ちゃんと形となり、
しかも美しい。

どこにも無理がなくて、余計なところもない。
「おお!」と思わず声が出そうになる。
とにかく、存在感があります。

石造物って、ただそこにあるだけで、
確かな強さを感じさせてくれます。

そして、塔身の正面に目が行きます。

扉が彫られている。
しかも線彫りではなく、開いた扉です。

その奥に、二体の仏様が座っています。

多宝如来と釈迦如来。まさに一塔両尊のかたち。
左右のことはさておき、
この二仏がそこにいることで、石の中に
「場面」が生まれています。

法華経の中で、釈迦が説法中、
地から宝塔が現れて、
多宝如来が「善哉(よきかな)」と讃え、
釈迦を隣に招き入れる。

二仏は、その場面そのものです。

それと、この塔は曲線がやわらかい。
きつい反りではなく、緩やかな曲線。
だからこそ、石なのに冷たく見えない。

扉の奥の二仏も、薄い肉彫りで表現されている。
近くで見るほどに、目が止まります。

うまく言葉にできません。
でも、あの宝塔はなぜか、生き生きとして見えました。

苔すらも、その美しさを演出する一つの要素に
なっています。

風化して傷んできている部分もあるものの、
全体の美しさは、見る者の心をつかんで、
離しません。

こんな宝塔を作った石工は、
どんな人だったのでしょう。

大事な部分をわかっていた石工がいたのか。
あるいは、そういうことをプロデュースできる
人がいたのか――

鎌倉時代から800年近く経っているはずなのに、
それがまだ、こうして確かな形を留めている。

なんだかとても不思議な気もします。

写真を閉じても、あの塔身の奥に座す二仏が、
まだ目に残っています。

では。

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

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(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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