形があるから、人は偲べる──飛鳥の五輪塔を前にして
こんにちは。川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。
仕事柄、各地の墓地や石造物を
見る機会があります。
以前に、奈良の飛鳥を歩いていて、
田んぼの中に一基の五輪塔を見かけました。
蘇我入鹿の墓とされる石塔です。
背後には実りの稲穂が広がり、
周囲にはコスモスが咲いている。
いかにも飛鳥らしい、のどかな風景の中に、
その五輪塔はありました。

ただ、ここで一つ、
触れておきたいことがあります。
五輪塔という形式が日本に広まるのは、
平安時代末期から鎌倉時代にかけて。
一方、蘇我入鹿が亡くなったのは645年。
飛鳥時代です。
つまり、この五輪塔が
「入鹿が亡くなった直後に建てられたもの」
ではないことは、歴史的には明らかです。
おそらく数百年後に、入鹿を偲ぶ誰かが、
あるいは地域の人々が、
ここに五輪塔を建てたのでしょう。
もしかしたら、転用の可能性だってあります。
「絶対に違う」と分かっている。
それでも、その場所に立つと、
不思議と蘇我入鹿という人物を感じてしまう。
1400年近く前に生きた人物を、
確かにイメージできるんです。
これは、知識の問題というより、
もっと別の感覚に近いのかもしれません。
なぜなのでしょうか。
形があるということ

答えは案外、単純なのかもしれません。
そこに「形」があるからです。
もし、この場所に何もなかったらどうでしょう。
たとえ「この辺りで蘇我入鹿が…」
という言い伝えがあったとしても、
田んぼの広がりだけを前にして、
飛鳥時代の人物を思い浮かべるのは
簡単ではありません。
歴史書で名前を知っていても。
説明板が立っていても。
遺跡が近くにあったとしても。
「ここに立って、故人を偲ぶ」という行為は、
形がなければ成立しにくい。
私はそう感じます。
でも、ここには石で作られた五輪塔があります。
目に見える形がある。
触れられる形がある。
それだけで、
この場所が「特別な場所」になります。
たとえ、その形が当時のものではなくても。
たとえ、後世の人が建てたものであっても。
形があることで、私たちはここを
「入鹿の墓所」として認識し、
入鹿という一人の人物と向き合うことができる。
形があるからこそ、人は偲べる。
これは理屈というよりも、
感覚に近い話だと思います。
石の表情が伝える時間
五輪塔の表面を見ると、
長い年月の痕跡がはっきり分かります。

雨に打たれ、風に晒され、
苔が生え、地衣類が付着している。
角は丸みを帯び、
かつての鋭さは少しずつ失われています。
おそらく、何度か修復もされてきたのでしょう。
倒れたものを起こし、欠けた部分を補い。
それでも、そこにあり続けている。
石でできているからこそ、
これだけ長い時間、形を保てた。
木であれば、ここまで残らなかったでしょうし、
紙や布ならとうの昔に朽ちていたはずです。
石だから、今もそこに立っている。
これは本当に大きいことです。
ただし、石も永遠ではありません。
石は硬くて重くて、堅固に見えます。
それでも、いずれは劣化します。風化します。
地震で倒れることもあるでしょう。
何百年という時間の中で、少しずつ、
確実に変化していく。
それが石という素材です。
それでも人は、倒れた石塔を起こし、
欠けたところを補い、形を守ってきました。
その営みがあるからこそ、
今もここで、故人を偲ぶことができるのです。
これは特別な人の話ではありません
蘇我入鹿のような歴史上の人物であっても、
市井の人々であっても、
形を前にして偲ばれるという点では、
何も変わりません。
子や孫が墓前に立つ。
あるいは縁のある人が、手を合わせる。
直接知らない世代であっても、墓前に立てば、
確かに「その人」を感じることがある。
それは、そこに形があるからです。
写真や記録や記憶も大切です。
ただ、「そこに立って偲ぶ」という行為には、
やはり形が必要になる。
具体的な場所。
具体的な形。
触れることのできる石。
それがあることで、
人は故人と確かに向き合うことができます。
形が受け継がれていくということ
飛鳥の五輪塔も、
最初から今の姿だったわけではないはずです。
倒れたり。
欠けたり。
風化したり。
そのたびに手を入れられ、据え直され、
今の姿がある。
「形」はしっかりと受け継がれています。
墓というのは、
そういうものなのかもしれません。
完璧に永遠に残るものではない。
でも、人が手を加え、修復し、
守り続けることで、形として残っていく。
その継承の営みそのものが、
故人を偲ぶことでもあり、
記憶を受け継ぐことでもある。
そう感じます。
形があることの重さ
繰り返しになりますが、
飛鳥の五輪塔は、特別な歴史の話ではありません。
少しだけ時間のスケールが大きいだけで、
私たちの身近な墓と同じ話です。
50年後、100年後。
その墓に、誰かが手を合わせているかどうか。
その違いを生むのが、
「形があるかどうか」なのだと思います。
形があるからこそ、人は偲べる。
そのことが、どれほど大きな意味を持つのか。
飛鳥の田園に立つ五輪塔は、
静かにそれを教えてくれていました。
では。
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