墓があるということ――そこに行けば、会える場所がある。
2026年1月17日(土)
こんにちは。川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。
今日は1月17日。
阪神・淡路大震災から、31年が経ちました。
ネットで朝日新聞の記事を読んで、
胸が詰まる思いがしました。
神戸・東遊園地で行われた追悼式。
遺族代表として、佐藤悦子さんという方が
追悼のことばを述べられました。
「お母ちゃんへ、どこにおるん?
もう31年会えてないよ」
佐藤さんのお母さんは、当時65歳。
神戸市須磨区のアパートで一人暮らしをされていました。
震災でアパートは全壊・全焼。
焼け跡を何度も掘り起こしてもらったそうですが、
遺体は見つからなかった。
戸籍上は死亡扱いだが、
「行方不明」の3人のうちの1人として、
今も数えられているそうです。
遺骨がない。
だから、墓もない。
佐藤さんが手を合わせられる場所は、
東遊園地の銘板だけ。
お母さんの名前が刻まれた、その場所だけ。
佐藤さんにとって、1月17日は
「母に会える日」なんだそうです。
毎年この日、お母さんの写真を持って、
東遊園地に行く。
それが31年、続いている。
記事の中で、佐藤さんはこう言っています。
「震災は揺れがおさまったら、
終わりじゃないよね?
家族を捜し続ける日々があり、
今も大切な人に会いたいと
思い続ける人がいること、
知ってもらいたいよね」
この言葉が、いちばん重かった。
遺体が見つからないまま、
31年という時間が流れても、
「会いたい」という思いは、現在形で続いている。

石屋として、改めて思いました。
お墓があるということ。
そこに、大事な家族のお骨があること。
普段、特別に感じるわけではありません。
でも、それは
実は、ものすごくありがたいことなんだと。
佐藤さんは、銘板しかない。
それでも、毎年そこへ行く。
「そこに行けば、手を合わせられる」
その場所があることが、
どれほど大きな意味を持つか。
昨日、お墓を建てることの
意義について書きました。
でも、今日の記事を読んで、
もう一つ、大事なことがあるんだと
気づきました。
墓が「ある」こと、そのもの。
それは、立派さでも、豪華さでもない。
「そこに行けば会える」という、
確かな場所を持てるということ。
建てる「過程」の力と、
建てられない「痛み」。
二つは対照的だけど、
同じことを指しているんだと思います。
墓があり、そこに大事な家族のお骨がある。
普段は特別に感じない。
でも、だからこそ、ありがたい。
今日という日に、
石屋として、そう感じました。
では。
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