お墓参りで、初心に返る――続けることの意味

2026年1月11日(日)


こんにちは。川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

日本ハムの栗山英樹CBOが、名将・三原脩氏の
墓参りをしたというニュースを読みました。

「ここに来ると初心に返れる」

栗山さんは監督就任時から15年間、
毎年、三原さんの墓参りを続けているそうです。

WBCで監督も務められ、球団の要職を担う
立場になっても、それだけは欠かさない。

15年間。すごいことだと思います。

続けるって、口で言うほど簡単じゃありません。
忙しい年ほど
「今年は仕方ないか」
と思う理由が、いくらでも出てくる。

それでも毎年行く。
そこに、その人にとって大切なものが
見える気がします。

お墓参りに行き、何を思うかは人それぞれです。

懐かしさかもしれないし、後悔かもしれない。
感謝かもしれないし、決意かもしれない。

ただ私は、お墓に行くと、よく自分を省みます。

といってもそんな大げさな話ではありません。
でも、ちゃんと生きられているかなって。

正直、しょっちゅうお墓に行けているわけ
じゃありません。

だから余計にそんなふうに思うのかもしれない。

普段の生活では、
なかなかそういう時間は取れません。

仕事、家族、やるべきこと。
次から次へとこなしていく中で、
立ち止まる余裕がない。

お墓で手を合わせても、
亡き人はもう、言葉で返してはくれません。

それでも、こちらのほうが何かを受け取るような
気持ちになることはあります。

お墓の前では、
何かを取り繕う必要はないのです。

お墓は、人の生き様を織りなす筬。
私はそんなふうに思います。

筬は、縦糸をそろえて、
横糸が通る場所を作る道具です。

筬そのものが何かを作るわけではありません。
けれど、筬がないと、布はうまく織れない。

お墓も、似ているのかもしれません。
そこに立つことで、自分の中の縦糸と横糸が、
少しずつ織り込まれていく。

毎年墓前に立ち、受け取ったものを確かめ、
次の一年を始める。

その繰り返しの中で、
人の生き様は織られていく。

栗山さんの15年間も、きっとそうなのでしょう。

次の休みに、お墓参りに行ってみようかな。
そう思える人が、一人でも増えたら嬉しいです。

では。

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

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(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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