死とフェスと墓と――新しさと古さの、その先にあるもの
2026年1月20日(火)
こんにちは。川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。
一昨日、ネットでニュース記事を読んでいたら、
「Deathフェス」という言葉が目に入りました。
そういえば、昨年これに足を運んだことを
思い出しました。
渋谷で開かれた、若い世代が死について語り合い、
棺桶体験や地獄VRなどを通じて
“死”をテーマにしたイベントです。

正直、最初は名前からして
「ちょっと…」という思いがありました。
でも、実際に会場を見て感じたのは、
決してお遊びではないということでした。
滞在は短い時間でしたが、
POPな印象は確かにあった一方で、
真剣に話している若い人たちの姿も目に入りました。
この人たちも、自分たちなりの表現方法で
死と向き合っているのだろうと思いました。
若い世代が死について考えること自体には、
大きな意義があると思います。
避けては通れないものだからこそ、
早い段階で向き合おうとする姿勢は健全です。
一方で、記事を読んで気になったのは「その後」です。
入口はあっていい
フェスという形も、死と向き合うための
若者なりの表現の一つなのでしょう。
重くなりすぎず、まず語り始めるための
入口としてなら、理解できなくもありません。
頭ごなしに否定するものでもないと思います。
新しい・古いの前に
ただ、新しいからといって、
それが正義やこれからのスタンダードに
なるとは限りません。
新しくても危うさはあるし、
勢いだけで終わるものも少なくない。
同時に、古いからといって
時代遅れでも、もう不要でもない。
長い時間をかけて残ってきたものの中には、
今もなお意味を持つ正しさがあります。
若者も、いずれは年老いた側になります。
今の考えが、数十年先の自分の考えと
同じであるとは限りません。
だからこそ、その場の盛り上がりだけでなく、
時間を経たときにどう感じるか、
何が残るのかという視点も、
どこかに置いておくといいと思います。
記事に足りないもの
記事では、フェスに何人が訪れたかは
書いてありました。
でも、参加した人の「その後」については
触れられていません。
棺桶に入った体験が、その後の人生に
どう影響したのか。
地獄VRを見て、何が変わったのか。
こういうところまで追ってこそ、
ようやく“死と向き合う場”としての意味が
見えてくるのだと思います。
話題性の部分だけで終わってしまうと、
肝心のところが伝わりにくい。
私はそこが少し気になりました。
石屋として見てきたこと
石屋として、無数の「その後」を見てきました。
若い頃は「墓なんて」と言っていた人が、
親を送り、自分も歳を重ねる中で、
墓前に立つ意味を実感する姿を。
時代とともに葬送の形は変わっても、
故人を想い、手を合わせる場を求める心は
変わりません。
死と墓とフェス。
それぞれが否定し合う必要はありません。
ただ、新しいか古いかではなく、
中身と、その先に何が残るのか。
墓の前に立つ時間は、何十年と続いていく。
そこを見失わずにいたいと思います。
では。
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