敵味方を問わず弔う――600年前の供養塔から考える、お墓の意味

2026年1月6日(火)


こんにちは。川崎市多摩区の石屋、吉澤石材店の吉澤です。

昨日は、藤沢の遊行寺(ゆぎょうじ)へ
参拝に行ってきました。

一遍上人が開いた時宗の総本山で、
時宗は踊念仏で知られています。

そこに、「敵御方供養塔」があります。

正確には角塔婆の形をした供養塔で、応永25年に
足利持氏(鎌倉公方)を願主として、
太空上人を導師に造立されたものです。

上杉禅秀の乱で亡くなった敵味方双方の戦死者を
弔うために建てられました。

戦が終われば、敵味方の区別なく供養する。
死者を丁重に扱う。

そういう文化が、昔から日本にはありました。

もしかしたら、死者をぞんざいに扱えば、
怨霊になるという恐れもあったのかもしれません。

それはともかく、
敵であっても、死んでしまえば等しく弔う。
そういう感覚が、確かにあったのだと思います。

その考え方が、この角塔婆に刻まれています。

石に刻むというのは、
後世に残すということです。

600年以上も前、この石が建てられ、
文字が刻まれた。

以来、風雨にさらされ、
途中で折れて補修された跡もある。

それでも、接いで残している。
この供養塔が間違いなく、
大切にされてきたことが分かります。

そして、そこに込められた思い、
つまり「敵味方を問わず、
亡くなった人を大切に弔う」気持ちを、
石を通して今に伝えてくれています。

しかも、これが遊行寺にあるという意味も深い。

時宗は、
万人平等の救済を説く宗派と聞いています。

身分や善悪を問わず、
念仏を唱えれば誰でも救われる。

その教えと、
敵御方を問わず供養する姿勢は、重なります。

翻って、今のお墓も同じです。

形はいろいろあっても、
そこにあるのは「亡くなった人を大切に扱う」
という思いです。

家族であれば、なおさら大切に弔いたい。

手を合わせる対象があるから、
省みて、前を向ける部分もある。

お墓は、そういう場所なのだと思います。

そして、そこは600年前も、
今も、根っこは変わらないはずです。

石屋として、
そういう「お墓」に関われることに、
改めて意味を感じます。

お墓を大事にしたいですね。

では。

※最後までご覧をいただきまして、ありがとうございます。

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(有)吉澤石材店 吉澤光宏

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