川崎市北部周辺をテリトリーに動き回っている吉澤石材店です(笑)

今日は多摩区内のお寺さんで、ご納骨のはしごをしてきました。

二件目では知っている方も多く、その中には古い友人たちの顔も。納骨の場で不謹慎なように聞こえてしまうかもしれませんが、元気そうな姿に接して嬉しく思いました。近所に住んでいてもなかなか顔を合わせる機会もありませんから。

年忌などの仏事やご納骨の際、少し縁遠くなっている人たちと顔を合わせられる。少しでも言葉をを交わす。こんなほんのちょっとのことでも元気そうにしてるな、なんていう様子がわかったりします。そして、そこに別の友人がアレンジした仏花がお供えしてある―。

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偶然だと思えば確かにそうかもしれません。でもこうしたことだって、故人が取り持ってくれた一つの『縁』でもあると私は信じます。

だからこそこうした先祖供養にかかわる習俗を、過度に簡略化せず、変質させないよう大切にしなければなりません。「何でもあり」のような時代ですが、「どうでもいい」というわけではないはず。事の本質を見失わないようしたいです。

失ってから大切さに気付く。下手な恋愛小説じゃありませんが、こんなことがないように次代に引き継いでいきたいものです。

こんな考え方って、もう時代に合っていないのでしょうか?

また、よろしくお願いします。


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