今日、お墓(他社施工)の解体工事についての見積もりを2件作成してみました。最近はこの見積もり依頼が増えてきていますね。皆それぞれに何らかの事情を抱えての選択なんでしょう。

ただ偶然かもしれませんが、解体予定のお墓がいずれも建墓後10年程度。まだまだ立派に使っていけるお墓です。実のところ、これにはお墓を建てる立場の者として少し気持ちが沈みました。

あらかじめ断っておきますが、私はそれぞれの事情を知っているわけではありません。でも知ってはいないものの、止むに止まれぬ事情があっての選択であることは想像できます。だから、お施主さんに対して生意気に講釈を垂れたいということじゃないんです

そんなことを前提にして―。

現地を見て一番思ったのは、10年前にお墓を建てる時にこういう日が来ることを想定できていればな、ということ。もしかしたら家族でいろいろと相談をしたり、お寺さんや石屋さんとも話をしっかりとしていたらもう少し違った展開もあったのかな、何か行き違いでもあったのかな・・・、などと考えてしまいました。本当はそうしたことをきちんとしたうえでの建墓だったのかもしれないのに。

こんなことを石屋が書くのはちょっと変に思われるかもしれませんが、お墓は人が亡くなったら必ず建てる、という意味合いのものではないと思います。なぜならば単なるお骨置場ではないのですから。

お墓は亡くなった方(先祖)の冥福を願い、供養のために建てるもの。つまり菩提を弔うために建てるわけです。

お墓は人の死によって機械的に建てられるような、すなわち「単なる物」ではありません。でも「気持ちや想い」がそこになければ容易に物になりさがってしまう

だからこそ、建墓するならご家族みんなで話し合い、納得し、想いをこめて・・・。もちろんそこには立地や宗教、宗派をはじめ、いろいろと気にしなくてはいけない条件などもたくさん出てくるはず。きっと、そんなに簡単に結論が出るケースばかりではないでしょう。

そうして建てる大切な場所だからこそ、お墓を建ててすぐに壊すようなことになってほしくはありません。永くそこの家にとって欠かせない存在になってほしいと願うのです。長々と書いてきて、何が言いたいのかといえばこんなことです。

そうした中でも、長い間にはどうしても現状にそぐわなくなってくる部分が生じてくることがあるのかもしれません。その時に「墓仕舞い」を考えていけばいいのだと思います。

誤変換ではありません。お墓を「終う」のではなく「仕舞う」。お墓を終わらせるのではなく、現状にそぐわなくなったものを解決するという意味での「仕舞う」ということです。言葉遊びのようでいてそうではない。私は思います。

家族にとって幸せのシンボルであるお墓。
あなたはこれを終わりにしますか?それとも解決しますか?

また、よろしくお願いします。